2015-07-01から1ヶ月間の記事一覧
日本の安全保障のあり方について、 1)日米同盟(または西側)堅持、 2)中露陣営に鞍替え、 3)自主独立、 という選択肢の話が出回ってるが、実際にはそんなのは選択肢にならない。まず、3の自主独立も日米同盟破棄であり、潜在的には米国の敵になる可…
先日の金相場急落だが、詳細に見ると上海市場が開く1分前に仕掛けられたとの分析が出ている。そしてこれは、米国勢が金先物市場を利用して中国が売ったように見せかけて実はNYで売ったとの説が流れ始めた。そして、この論者はその理由をドルや米国債を守る…
第二次安倍政権での政治改革は明治維新、戦後の再出発に続く近代日本史における3度目の大転換点になると思う。大きなポイントは、安保法制や武器輸出等を活用して国際的政治力を発揮する国として脱皮しようとしていること。平和主義者がどう言おうが、国家…
12月13日の南京陥落後の、主に14〜16日に城内に潜伏した敗残兵の掃討あるいは摘出が行われた。その際の人的被害の規模について、一連の考察を通して判明している数値に基づいて考察を行ってみる。
南京戦当時の図面など。 《南京城全景》 ・城内で建物が密集しているのは中央部から南側の中華門にかけて。 ・安全区(緑の枠)にはほとんど建物がない。外国公館、大学等の大きめの建物が点在するのみ。 ・城外には建物は少ない。左上の下関、安全区左下の…
2022.09.17 タイトル等修正、4項に唐光譜の火事の話を追加 この記事は幕府山事件に関する地理的な考察に集約した。 《1. 幕府山事件とは》 幕府山事件とは、『戦史叢書 支那事変陸軍作戦<1>』から引用すれば、次のような出来事。 第十三師団において多数の…
南京戦の際に、南京城の城門のひとつである太平門で市民らの虐殺があったとされているようだが、調べると極めて怪しい。結論として、“太平門虐殺”なるものは実態がなく、すべて戦闘行為による戦死者が400〜500名程度発生したと判断する。
12月14日(陥落翌日)の城内掃討における、南京市民・唐順山氏の逃避行と、第38連隊の城内掃討の記録を突き合わせて検証した。
1937年12月6日、湖山村に日本軍が侵入し不完全な統計によると64人が死亡し200以上の家屋が焼かれた、ということだが、戦闘詳報を丹念に追っていくと、その日時にはまだ日本軍は湖山村に進軍していない。撤退する中国兵による行為であることが疑われる。
中国語で南京大虐殺の「纪念碑」を紹介してるサイトがあった。これによると、南京周辺に22箇所の「纪念碑」がある。 以下に、ひとつずつチェックしていくが、結論的に言うとほとんどが根拠不明の的外れに見える。犠牲者数の大半は戦死なのに、それらも全て虐…
最終更新:2017.02.25 “南京大虐殺”では日本兵の暴虐だけが話題になりやすいが、中国兵の残虐さについて語った資料も多い。 従って、市民犠牲者の一部は退却する中国兵の蛮行によるものと言える。 《A級極東国際軍事裁判記録》 A級極東国際軍事裁判記録(…
この一連の考察で用いた犠牲者数の一覧と、その論拠を示す。なお、これらは全て中国側犠牲者についてであり、日本軍のものは含まない。
2021.02.19 崇善堂の考察を別記事に 東京裁判にも提出された紅卍字会の埋葬記録について検証した。 法廷証番号326: 世界紅卍字会南京分会救援隊埋葬班埋葬死体数統計表 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10273906/1 《要点》 ・特務機関員の丸山進氏は、…
日本軍が数千人の難民の中から2,800人の若者を連行し、煤炭港の倉庫に3日間監禁し、入城式のあった12月17日に朝から晩までかかってその2,800人を煤炭港の岸辺で銃殺したとする“煤炭港虐殺”なる事件は捏造と断定する。
最終更新:2017.03.03 12月13日いわゆる陥落日に、南京城から脱出して南下する中国軍部隊と、これらを包囲殲滅すべく北上する日本軍第6師団45連隊が揚子江岸の新河鎮で遭遇戦を展開した。 城門が陥落した十二月十三日、漢西門(西門)の西の揚子江に近い上河…
スマイス統計調査による市民の犠牲者数に沿うようにしながら、その他の記録や証言と整合するような数値モデルを導き出すことを試みた。結果的に、既によく知られているスマイス調査などの数値の枠内で、市民の被害状況の全体像を無理なく説明可能であるとい…
南京戦における民間人の被害規模を知ることができる史料として、金陵大学(現南京大学)のルイス・スマイス教授が行った統計調査がある。次の文字列で検索すれば原文がすぐ出てくる。War Damage in Nanking Area, Dec.1937 to March 1938, Urban and Rural S…
最終更新:2017.09.08ここでは以下の事実をもって、「敗残兵の処断は適法」と解釈する。※敗残兵の処断をもって虐殺、とする主張については他の書籍やサイト等を参照してください。1)陥落後の城内掃蕩に際して松井司令から「青壮年は全て敗残兵または便衣兵…
最終更新:2018.10.17「南京安全地帯の記録」に収録された殺人事件の中に、日本兵の犯行であるかどうか疑わしい事案があるので列挙し、考察する。《記録された殺人事件の一覧》下表は収録された全ての殺人事件である。犠牲者の総数は53人。 ・第1部、第2部…
燕京大学の徐淑希教授が1939年5月頃に南京安全区国際委員会の抗議文書を集めて編纂した『南京安全地帯の記録』の概要を紹介する。この記事は次の書籍の記述に準じる。 「南京安全地帯の記録」完訳と研究(冨沢 繁信)http://www.amazon.co.jp/dp/4886562515 …
最終更新:2017.12.21南京大虐殺の真相を理解する上で、ベイツレポートの存在が欠かせないので、以下に全文を掲載する。これは、ベイツが陥落2日後の12月15日に、南京を去る欧米記者たちに渡したレポートである。《要点》・市民が殺されたと書いているが、…
最終更新:2016.11.20南京大虐殺についての当時の情報の流れを整理する。《南京からの情報の流れ》 現場の記録は主に3種類。1)南京安全区国際委員会2)欧米人の日記(ヴォートリン、ラーベ、他)3)日本軍(紅卍字会埋葬記録、軍法務部)現場から派生し…
南京攻略戦での中国側の人口や遺体数などの数値について考察し、全体像の数値モデルの検討を行った。具体的には、紅卍字会の遺体埋葬記録や、スマイス調査での市民犠牲者の統計値をベースとし、南京の現場にいた関係者の証言等と無理なく整合する試算モデル…
南京戦を戦った日本軍には、150名を超える記者らが従軍していた。朝日新聞記者80名、毎日新聞記者70名他、報知、読売、同盟通信、新愛知新聞、福岡日々新聞、都新聞、福島民放、などの記者。さらに作家、詩人、評論家、画家など。南京城内の広さは東京・世田…
いわゆる“南京大虐殺”とされる南京戦における人的被害の試算。後世の論者の主張は基本的に無視して、南京戦の当時の記録と、そこにいた関係者の証言を重視して人的被害を算定するとどうなるか、に取り組んだのがこの一連の記事である。その要約版。
There are still plenty of people who are accusing Japan against its war crime even after 80 years from the Battle of Nanking. China claims that the Japanese army massacred 300,000 people during the Battle of Nanking. According to a Chinese…
だんだん敵の正体が見えてきたな。民主党は使いっ走りのようなもので、本丸は日本共産党と、そこに入り込んでる在日朝鮮人。さらに裏には資金を流し込んでくる中国共産党。 今の状況なら、中国の経済崩壊を加速する方に仕掛けてやることが日本の国家百年の計…
アメブロで言論活動を展開していた「なでしこりん」さんのブログがアカウントごと削除された。情報によればfacebookも閉鎖されたらしい。 キャッシュに残っていた「なでしこりん」記事をたどっていくと、ところどころ個々の記事も念入りにキャッシュからも削…
諸般の状況を鑑みて、某ブログから引っ越してきました。以後、ここで更新しようと思います。 http://ameblo.jp/zf-phantom/ この記事以前の記事は、上記ブログからコピーしてきたものです。
某書籍から刺激を受けて。ドイツは2度の大戦で封じられたはずだったのに、気づけばEUの盟主として君臨している。メルケルは既にヒトラーですら成し得なかった欧州占領をやってのけた。新生ドイツ帝国と化したEUの国力は既に米国を超えている。そういう視点…