2022-01-01から1年間の記事一覧
1937年12月に日本軍が当時の中華民国の首都・南京に侵攻した際に、南京のすぐ北側にある幕府山付近で第13師団隷下の山田支隊が多数の捕虜を捕らえた。この捕虜の多くが結果的に殺害されてしまった「幕府山事件」は、いわゆる“南京大虐殺”の中でも別に固有名…
幕府山事件に関する一連の考察記事を通して、事件の輪郭を追ってきた。調べていく中で部隊幹部の事情や理屈のようなものも見えてきた。その辺りをこの記事で述べておこうと思う。
幕府山事件に関する犠牲者数その他の数字をどうやって計算するのか。その説明の日英併記版。
1937年12月に日本軍が当時の中華民国の首都・南京に侵攻した際に、南京のすぐ北側にある幕府山付近で第13師団隷下の山田支隊が多数の捕虜を捕らえた。この捕虜の多くが結果的に殺害されてしまった「幕府山事件」は、いわゆる“南京大虐殺”の中でも別に固有名…
幕府山事件の犠牲者数を算定するにあたって、まずその前段の作業として紅卍字会の埋葬記録から、関係する項目を拾っていく。
1927年12月17日に発生した草鞋峡での事件について、NNNドキュメントや清水潔氏の著書に興味深い情報があったので、これを起点にして主に「計画的処刑説」の視点で検証してみる。
1927年12月17日に発生した草鞋峡での事件について、NNNドキュメントや清水潔氏の著書に興味深い情報があったので、これを起点にして主に「計画的処刑説」の視点で検証してみる。
1927年12月16日に発生した魚雷営での事件について、清水潔氏の著書に興味深い記述があったので、これを起点にして「計画的処刑説」の視点で検証してみる。
この記事では、幕府山事件のいわゆる「自衛発砲説」について考察する。
2022.09.16 初版 検索の利便性を目的に、文献に登場する寄稿者/証言者の氏名と所属を一覧にして列挙する。対象人物は、南京戦の時に南京にいた軍人や民間人(記者その他)などである。後世の論者は対象外。なお、『証言による「南京戦史」』については、記事…
いわゆる“南京大虐殺”についての私の一連の考察は以下の通り。 日英併記の概説版 The Fake of "Nanking Massacre”https://zfphantom.hatenablog.com/entry/2015/07/19/030008 いわゆる“南京大虐殺”を網羅的に考察したシリーズの記事 《1》南京大虐殺の真相…